社員を責めない健康管理が、結果的に厳しい理由
「もう少し様子を見よう」
「本人は大丈夫と言っているし」
「ここで止めたら、かえって負担になるかもしれない」
社員の体調や様子に違和感を覚えたとき、
多くの社長は、こうした言葉を自分に向けて使います。
無理をさせたくない。
責めたくない。
追い込む存在にはなりたくない。
その気持ちは、とても自然で、誠実なものです。
しかし健康管理の現場では、
その誠実さが、結果的に一番厳しい状況を生む
ことがあります。
「責めない」は、介入しないことではない
社員を責めない、という姿勢は、
今の組織にとって欠かせない価値観です。
ただし、それは
「何もしない」ことと同義ではありません。
本人が「大丈夫です」と言っているから、
それ以上は踏み込まない。
負担が大きそうでも、
本人の判断に任せる。
一見すると、
相手を尊重しているように見えます。
しかし実際には、
判断を本人に委ねきってしまっている
状態です。
Day16で触れた
「大丈夫です」という言葉を、
そのまま最終判断にしてしまう構造とも言えます。
本当に厳しい判断は、先に止めること
健康管理において、
最も厳しい判断は何か。
それは、
不調が明確になる前に、
立ち止まらせることです。
本人がまだ「できる」と言っている段階で、
業務量を減らす。
役割を調整する。
一時的に任せない決断をする。
この判断は、
誰にとっても楽ではありません。
短期的には、
生産性が下がるように見える。
周囲の負担も増える。
それでも踏み込めるかどうかが、
その組織の健康管理の質を分けます。
Day17で触れた
「突然の限界」は、
多くの場合、
この判断が先送りされた結果です。
優しさが、放置に変わる瞬間
「無理しなくていいよ」
「できる範囲で大丈夫だよ」
こうした言葉は、
職場でよく使われます。
しかし、
業務量も責任も変わらないままでは、
状況は何も変わりません。
社員は、
「気遣ってもらった」と感じながらも、
同じ負荷を抱え続けます。
結果として、
負担は水面下で蓄積されていきます。
言葉だけの優しさは、
判断を遅らせる
そして、
遅らせた判断は、
必ず別の形で回収されます。
それが、
体調不良、欠勤、休職、
あるいは突然の離職です。
社員は、自分の限界を正確に測れない
社員本人に任せていれば、
安全に回る。
そう思いたくなりますが、
実際はそう単純ではありません。
特に、
責任感が強く、
真面目な人ほど、
自分の限界を過大評価します。
「まだ大丈夫」
「もう少し頑張れる」
その感覚と、
身体の状態は、
必ずしも一致しません。
Day13・14で見てきたように、
身体の変化は、
自覚よりも先に進みます。
本人の判断だけに委ねる健康管理は、
構造的に危ういのです。
責めない健康管理には、仕組みが必要
社員を責めない健康管理を成立させるには、
善意や気遣いだけでは足りません。
必要なのは、
仕組みとして介入できる設計です。
定期的な状態確認。
業務量の可視化。
判断の分散。
誰かが「助けて」と言わなくても、
負荷が見える状態を作る。
それがあって初めて、
「責めない」は
放置ではなくなります。
本当に優しい組織は、早く介入する
本当に優しい組織は、
問題がはっきりする前に動きます。
欠勤が出てからではなく、
ミスが増えたとき。
判断が鈍ったとき。
沈黙が増えたとき。
その段階で、
業務や役割を見直します。
これは、
見方によっては
「厳しい」判断です。
しかし、
長い目で見れば、
それが最も安全で、
最も誠実な対応です。
「本人の意思を尊重する」の落とし穴
本人の意思を尊重することは、
とても大切です。
ただし、
それを理由に
組織として何もしない状態が続くと、
責任の所在が曖昧になります。
限界を超えたとき、
「本人が希望したから」という言葉だけが残る。
健康管理は、
本人任せにできる領域ではありません。
組織としての判断が必要なテーマ
です。
まとめ:責めないことは、覚悟のある選択
社員を責めない健康管理は、
決して楽な選択ではありません。
短期的な効率や数字を、
一部犠牲にする覚悟が必要です。
しかしその厳しさこそが、
社員と会社の両方を守ります。
次の章(Day19)では、
健康経営を「制度」から始める会社が、
なぜつまずきやすいのかを掘り下げていきます。
