エコーで見えた「頑張りすぎ社員」の身体
「特に自覚症状はありません」
「疲れてはいますけど、仕事は普通にできています」
そう話す社員の身体を、エコーで見たとき、
言葉とはまったく違う情報が映し出されることがあります。
本人は「大丈夫」と言っている。
周囲から見ても、欠勤しているわけではない。
仕事も、最低限は回っている。
それでも身体は、
すでに無理を重ねた痕跡をはっきりと残しています。
頑張りすぎは、
気合や根性の問題ではありません。
身体は、言葉より先に限界を知らせてきます。
「異常なし」と「問題なし」は違う
健康診断や検査で、
「特に異常はありません」と言われると、
多くの人は安心します。
会社側も同じです。
異常が出ていなければ、
少なくとも健康面では問題ないと判断しがちです。
しかし、エコーで見えてくるのは、
病気かどうかの二択だけではありません。
血流の変化。
臓器の動き。
緊張や硬さ。
これらは、
病気になる手前の状態として、
静かに現れます。
「異常なし」と言われた身体の中に、
すでに“無理の積み重ね”が刻まれていることは、
決して珍しいことではありません。
頑張りすぎ社員に共通する身体の特徴
エコーで身体を見ていると、
頑張りすぎている人に、
共通して見られる傾向があります。
それは、
休めていない身体です。
常に力が入っている。
内臓が緊張している。
血流が滞りがちになっている。
本人に聞くと、
「忙しくて」「考えることが多くて」
という答えが返ってきます。
つまり身体は、
仕事量だけでなく、
判断や責任の重さにも反応しているのです。
真面目な人ほど、身体のサインを無視する
頑張りすぎている社員ほど、
自分の不調を軽く扱います。
「これくらいは普通」
「自分より大変な人もいる」
そうやって、
身体からのサインを後回しにします。
しかしエコーには、
その“我慢の履歴”が正直に映ります。
疲労が抜けない状態が続くと、
身体は回復よりも、
耐えることを優先するようになります。
それは、
壊れないための適応であり、
決して健康な状態ではありません。
会社が気づく頃には、かなり進んでいる
社員の身体の変化は、
会社にとって非常に見えにくいものです。
欠勤していない。
数字も大きく落ちていない。
最低限の仕事はできている。
だから問題は、
「起きていない」と判断されます。
しかし、身体はすでに、
限界に近づいていることがあります。
集中力の低下。
判断の遅れ。
小さなミスの増加。
Day7で触れた
「ミスが増える」という現象は、
こうした身体の変化と無関係ではありません。
身体の無理は、ある日まとめて表に出る
身体は、
少しずつ壊れるのではありません。
多くの場合、
ある日まとめて表に出ます。
急な体調不良。
長期の欠勤。
突然の離職。
周囲から見ると、
「急に」「突然」起きたように見えます。
しかし実際には、
エコーで見えていたような変化が、
ずっと前から積み重なっていたのです。
頑張りすぎは、美徳ではなくリスクになる
多くの会社では、
「頑張ること」が評価されてきました。
責任感が強い。
弱音を吐かない。
最後までやり切る。
これらは、
間違いなく価値のある資質です。
しかし、
それが無理を前提とした構造の中で続くと、
会社にとってはリスクになります。
身体が先に壊れ、
戦力が突然失われる。
これは、
個人の問題ではなく、
構造の問題です。
身体は、経営の結果を映す鏡
社員の身体の状態は、
偶然ではありません。
業務量。
判断の集中。
責任の偏り。
それらの結果が、
身体という形で表に出ています。
つまり、
身体は経営の結果を映す鏡です。
エコーで見える「頑張りすぎ」は、
社員個人を責める材料ではなく、
会社の状態を知るための情報です。
身体を見れば、会社の限界が分かる
誰かの身体に無理が出ているとき、
それは会社全体が、
どこかで限界を超えているサインです。
一人の問題として処理してしまえば、
次は別の誰かに同じ負荷がかかります。
しかし、
身体のサインを構造として読み取れれば、
会社は同じ失敗を繰り返さずに済みます。
頑張りすぎ社員の身体は、
会社にとって
最も正直な警告なのです。
まとめ:言葉より先に、身体は答えている
社員が「大丈夫」と言っているからといって、
本当に大丈夫とは限りません。
エコーで見える身体は、
言葉よりも正直です。
頑張りすぎは、
美徳ではなく、
見逃してはいけないサインです。
次の章(Day14)では、
ストレスがなぜ「気合では消えず」、
身体に痕跡として残るのかを掘り下げていきます。
