「辞めさせない経営」が正解とは限らない
社員を辞めさせないことは、経営において一つの美徳のように語られます。
離職率が低い会社は安定している。
人が定着している会社は、働きやすい。
社員を大切にしている会社は、良い会社だ。
確かに、これらはすべて間違いではありません。
しかし、現場を丁寧に見ていくと、「辞めさせないこと」そのものが目的化した瞬間から、組織の判断が少しずつ歪んでいく場面に何度も出会います。
辞めさせない経営は、姿勢としては尊い。
ただし、それが常に正解とは限らない。
辞めないことが「成果」から「目標」に変わるとき
本来、社員が辞めないという状態は「結果」です。
仕事の内容に納得している。
役割に意味を感じている。
成長の実感がある。
組織の方向性と、自分の人生が大きくズレていない。
こうした条件が重なった結果として、人は自然と組織に残ります。
しかし、いつの間にか「辞めさせないこと」自体が評価指標になり始めると、判断の軸が変わっていきます。
問題が起きても強く言えない。
合っていないと感じても配置を変えない。
成果が出なくても、基準を下げてしまう。
辞めないことを守るために、成長を後回しにする。
この逆転現象が起きたとき、組織は静かに停滞し始めます。
「人を切らない会社」に生まれる見えない負担
外から見れば、人を切らない会社は優しく映ります。
冷たい判断をしない。
事情を汲み取る。
長い目で見る。
ただし、内側に目を向けると、別の感情が積もっていきます。
特に、真面目で責任感が強い社員ほど、次のような疑問を抱き始めます。
「なぜ、あの人の分まで自分が背負っているのか」
「基準はどこにあるのか」
「頑張っても、頑張らなくても同じなのか」
辞めさせない判断は、負担を消すのではなく、移動させるだけ
というケースは少なくありません。
合わない人がいることは、経営の失敗ではない
どんな組織にも、向き・不向きがあります。
仕事のスピード。
判断の重さ。
責任の範囲。
求められる自律性。
これらは、個人の優劣ではなく、相性の問題です。
それにもかかわらず、「辞めさせてはいけない」という思いが強くなると、無理に当てはめ続ける判断をしてしまいます。
合わない環境で踏ん張り続けることは、美徳ではない。
むしろ、双方にとって消耗を深める結果になりがちです。
辞めないことが、本人のためにならない場合
辞めさせない経営は、必ずしも本人の幸福につながるとは限りません。
成果が出ない。
評価されない。
期待されていないことを、本人が一番感じ取っている。
こうした状態が続くと、人は自信を失い、挑戦する気力も削られていきます。
環境を変えることが、回復や再成長につながる場合もある。
それは逃げでも、裏切りでもありません。
辞めさせない判断が、社長の自由を奪う
「この人は辞めさせない」
そう決めた瞬間から、社長の判断は縛られ始めます。
役割を変えにくくなる。
評価を厳しくしにくくなる。
組織全体の設計を変えにくくなる。
一人を守るために、全体が動かなくなる。
この状態が続くと、経営判断はどんどん重くなります。
辞めさせないか、切るか、ではない
経営は二択ではありません。
辞めさせないか、切るか。
守るか、捨てるか。
こうした極端な言葉で考えると、判断は苦しくなります。
役割を変える。
期待値を調整する。
別の道を一緒に探る。
手放すことが、前に進む選択になる場合もある。
本当に守るべきは「組織の健全さ」
社長が守るべきものは、「誰も辞めない状態」ではありません。
判断が滞らないこと。
役割が機能していること。
基準が共有されていること。
組織が健全に回っている状態
これこそが、長期的に多くの人を守ります。
まとめ:辞めさせない経営は、唯一の正解ではない
辞めさせないことは、立派な姿勢です。
しかし、それが唯一の正解になると、経営は硬直します。
辞めないことより、合っているかを見る。
この視点を持てたとき、社長の判断は少し自由になります。
次の章(Day28)では、「小さな不調を拾える会社は、なぜ強いのか」を掘り下げていきます。
