それでも会社の最終責任は、社長にある

ここまで、働きやすさ、健康、不調、判断、責任について書いてきました。

社員の変化に気づけるか。
小さな不調を拾えているか。
責任を果たしやすい設計になっているか。

どれも、組織を強くするために欠かせない視点です。

ただ、これらをすべて突き詰めていくと、
最後に必ず行き着く問いがあります。


それでも、最終的な責任は誰が負うのか。


分散しても、消えない責任

近年、責任を分散させる経営が増えています。

権限委譲。
フラットな組織。
自律型チーム。

どれも、時代に合った考え方です。

ただし、どれだけ責任を分けても、
責任そのものが消えることはありません

むしろ、見えにくくなるだけです。

問題が起きたとき、
最後に「判断したのは誰か」を辿っていくと、
必ず社長に行き着きます。


社長が背負っているのは、日々の判断の積み重ね

社長が負っている責任は、
大きな決断の場面だけにあるわけではありません。

人を採る判断。
任せる判断。
見送る判断。
見ないことを選ぶ判断。

こうした一つひとつの小さな判断が、
会社の現在をつくっています。


会社の状態は、
社長の判断の履歴そのもの

と言っても、言い過ぎではありません。


最終責任とは「全部自分でやる」ことではない

ここで誤解してほしくないのは、
最終責任=全部を抱え込む、という意味ではないことです。

社員の体調。
現場の空気。
日々の細かな判断。

これらをすべて社長一人で背負うことは、現実的ではありません。


最終責任とは、
「背負うこと」ではなく
「設計すること」

です。


社長の役割は、判断が機能する構造をつくること

強い会社の社長は、
自分が常に正しい判断をすることを目指していません。

その代わり、
判断が現場で機能する構造をつくっています。

・判断基準を言語化する
・迷ったときの相談ルートを決める
・失敗したときの修正方法を共有する

こうした設計があるから、
判断は社長一人のものではなくなります。


社長は、
判断を独占する人ではなく、
判断が回る環境を整える人

なのです。


見ないことを選んだ責任も、社長にある

これまでの章で、
「見ないことを選ぶ経営」についても触れてきました。

忙しいから。
今は手が回らないから。
問題になっていないから。

こうした理由で先送りにした判断も、
すべて社長の判断です。


見なかったことは、
見なかったという判断として、
必ず会社に残る。

それが、後から問題として表面化することもあります。


最終責任があるからこそ、社長は自由でいられる

最終責任という言葉は、
重く、息苦しく感じられるかもしれません。

しかし、視点を変えると、
これは社長だけに許された自由でもあります。

決める自由。
変える自由。
手放す自由。


責任があるからこそ、
社長は舵を切れる。

この自由をどう使うかが、
会社の未来を決めます。


健康経営も、働きやすさも、最後は社長の判断

健康経営も、
働きやすい職場づくりも、
制度だけでは完結しません。

どこまで踏み込むか。
どこで線を引くか。
何を優先するか。

これらを決めるのは、
最終的には社長です。


仕組みを動かすのは、
いつも社長の判断

だという現実から、逃れることはできません。


まとめ:会社は、社長の判断以上にはならない

会社は、社長の言葉以上にはならない。
社長の姿勢以上にはならない。
社長の判断以上にはならない。

これは厳しい現実ですが、
同時に希望でもあります。


変えられる人が、
最初から決まっているからです。

この30日間の連載が、
社長自身の判断を、
少しだけ立ち止まって見直すきっかけになれば幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。